IHANOYA DIARY

2007年06月01日 年のとり方。

:20代も残り1ヶ月を切りましたよ。


:まぁ、20代半ばの頃から30代を偽っても疑われなかった僕ですから、今更20代でなくなることにそれほど未練はないです(笑)。ようやく実年齢が身なりや性格に追いついてきた、というところですか。年齢なんて数字だけのことなんで、むしろそれだけがズレているということ自体が問題なわけですが…。


:ただ、その数字のおかげで、今までは「年の割りに落ち着いているね」と言われていた訳です。数字が追いついてくることで、その「年の割り」がなくなる事には注意しないといけませんよね。例えば、見た目恐い人がちょっと礼儀正しいくらいで好感を持たれたりするのはよくあること。僕の場合、数字のアドバンテージがなくなってくることには意識的になっておいた方がいい。


:最近、年のとり方には二つのスピードがあるように思うのです。


:ひとつは、個人の環境や経験がもたらす成熟。環境から得るもの、実体験から学んだものの蓄積ですね。


:で、もうひとつが毎年加算されていく年齢そのもの。30歳の僕には、29歳の僕に見えないものが嫌でも見えてくる。


:この二つが独立して進んでいき、そのバランスが崩れているときに「年の割りに…」と言われるのではないか、、、などと思ったりしています。


:特に後者の年齢によるもののほうは、如実に感じられるんですよ。僕の周りにも、「年の割りに」しっかりした考えを持った、大人びた後輩が何人もいます。彼らは、同世代の中にあっては明らかに成熟している。でもね、彼らと比べて特別な経験をしたわけでもないのに、僕は彼らの中にどうしても「幼さ」を見つけてしまうんですよ。「男はいつまでも子供だから…」という童心などとは違う、明らかに未成熟な部分。無邪気で、勢いの充満している部分。おっさんから加齢臭が滲み出てくるのと全く逆に、彼らからその部分が滲み出て見えます。ただ、その幼さを指摘したところで、おそらく彼らには理解されない。思い起こせば、同時期の僕がまさに彼らみたいだったですからね。


:年上から見れば、僕にもそういう未成熟な部分がまだあるんだと思います。昔は自分の中のそういう幼さをただ忌み嫌ってましたけど、今はそれをどう活かせるかとか、考えることがありますね。活かせるも何も、どこがどんな風に「幼い」んだか分かんないんですけど(笑)。 


:後で振り返って、「今ならあんな無茶なことできないよな~」という行動の原動力になる力。僕の中にもあるんですかね、まだ。 もう10年くらい無茶した覚えがないので、活かすのはなかなか難しそうなんですけど(笑)。


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